スポンサーサイト

--.--.-- | Posted in スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

小林大吾「1/8,000,000」の感想

2009.12.09 | Posted in 音楽

3rdアルバムの発売が控えている小林大吾による一作目。

小林大吾「1/8,000,000」 2005.06.10 小林大吾「1/8,000,000」

2ndアルバム「詩人の刻印」の記事で、「語り口調で淡々と言葉を吐き出す」と表現した。しかし、その表現はこの1stにこそぴったりだ。1stが「淡々と言葉を吐き出している。」と表現するのであれば、2ndでは「楽しげにビート上で遊泳している。」と言える。「淡々」と表現したが、決して退屈と感じる事は無い。一度その歌詞に耳を傾ければ、すぐさまその世界に引きずり込まれる。

以下、引用含有率80%。

M-1「エイミーと尨犬/amy tongue feat. Takatsuki」。舌をエイミーと名付け、鋭利な言葉で多くを傷つけてきたエイミーの話。本曲では喉の奥に閉じ込められていたエイミーを、「言うべきことがいくつかある」と言い自らその扉の鍵を開けてエイミーを外に出すところから始まる。この入り口でもう心が鷲掴みにされた。

言いたいことはいくつある?
ひとつしかないなら、言わずに黙っておくほうがいい。
手に余るほどもっているなら、その大半は考えるだけムダだ。
言いたいことはいくつある?
ひとつもないなら、舌はいらない。
口のなかでペットみたいに大事に飼いつづけてみても
いずれはことばとともに腐ることになる。



聴き進めて行く中、特に面白かった曲が、M-4「鉄工所の夜/two scraps have a break」。その歌詞も勿論だが、小林大吾の声が加工して収録されている。それは本当に、静まり返った夜の鉄工所からうねりを上げる機械のように。

あたらしい部品に取り替えろって言うんだろう?
仮に百歩ゆずってカチッと取り替えてみてもいい、だがそうするとその次はなんだ?
さいしょが指なら次は腕か?その次は脚か?最後は脳だ、そいつはもう別人じゃないか?
ようするに事実上のお払い箱ってことだ、このままじゃダメだっていうんならな。


そもそも鉄クズ2体が向き合って真剣に話し合うことかコレが?



M-10「砂金/gold dust feat. toto」もまた面白い。今まで通り過ぎてきた物事に対する視点。放っておけばひそやかに消えてしまうけれど、ただそのまま川へ流すには勿体のない掬い上げた砂金に似ているとして展開される本曲。何だか深く考えさせられるけれど、小難しく嫌な気持ちに全くならないのは、小林大吾とtotoによる丁寧なポエトリーによるものだからだろう。声質も凄く良い。

左利きはいつからか右利きになった
ものにふれるときの手つきがなんとなく変わり
世界を見るためのピントがほんのすこしだけずれた
手のひらを大きくひろげて見つめればおもう


いつの間にか入れ替わったこの手は誰のものだろう?



M-11「棘/tweezers」は、収録曲中で最もトラックが主張している。小林大吾の吐き出す言葉に華を添える。

すいませんちょっと火を貸してもらえませんか
目を引く事件はありますか、ときどき錯覚したりはしませんか、
紙面をいろどる事件の数々がどれもこれも
例外なくじぶんに関するものであるとでもいうような?
そうしてときどき想像したりはしませんか
いつだかの些細なあやまちが紙面のすみを控えめに埋めていたとしたら?



小林大吾の曲はどれも歌詞カードを片手に聴くと、本当に面白さが増す。この面白さをなんとかして明文化したいと試みてみても、どうしても陳腐なものとなってしまうため、早々に歌詞の引用という形で逃げることにした顛末がこれ。もうどうしようもない。

RSS
検索フォーム
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンタ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。