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SEEDA feat. ILL-BOSSTINO, EMI MARIA「WISDOM」の感想

2009.12.30 | Posted in 音楽

SEEDAの復帰作第一弾。本作品のプロモーションとして拡張現実アプリケーション「Layar」が使用された。本曲に参加している三者の出身地である、東京、札幌、神戸のとあるスポットにてアプリケーションを起動するとストリーミングファイルが出現し、「WISDOM」を先行して視聴できるという仕組み。

SEEDA feat. ILL-BOSSTINO, EMI MARIA「WISDOM」 2009.12.23 SEEDA feat. ILL-BOSSTINO, EMI MARIA「WISDOM」

「Layar」によるプロモーション活動がどれほど先進的なのかは判断のつかないところだけれど、ニュースとして取り上げられるという事はある程度の先進性はあるのだろうと思う。それが日本語ラップという決して大規模とは言えないマーケットから発信されたという事が驚きだった。記憶が曖昧だけれど、firestorageにて未発表曲をフリーダウンロードとして公開したのも、自身が知った中ではSEEDAが最初だった。「God Bless You Kid」だったかな。また来年には、SEEDAのベスト盤や、SMITH-CNのアルバムをマイクロSDで発売するとの発表もあった。こういった事から、SEEDAに対しては、ラッパーとしての魅力以外の部分で凄く面白いアプローチをする人だという印象が強い。

本曲は、OHLDのトラック上で、「街風」に収録された「MIC STORY」で共演したILL-BOSSTINOと、シンガーのEMI MARIAを迎えた曲。このOHLDの作り出したトラックでのハープのような音が曲に繊細さを与えていて、非常にドラマチックな展開を繰り広げてくれている。トラックで生み出されたドラマに、SEEDAとILL-BOSSTINOそれぞれのドラマが重ねられ、EMI MARIAの歌声がそれらを昇華させる。と言えばやや大袈裟か。それでも、非常に格好良い曲という点には違いない。

SEEDA

ごめんと言える勇気でFLY
ありがとうはカルマを切る言葉


ILL-BOSSTINO

俺はフィクションも所属プロダクション
スタイリスト 初期衝動 暴力 ボーダフォンも
何一つ持っちゃいないが いまだBOSSと呼ばれてる男



という歌詞が印象的。ILL-BOSSTINOの歌詞自体は既発曲でも何度か聴いた事がありそうなフレーズではあるけれど、その格好良さは再認識させられ、またSEEDAの歌詞が凄く詩的で格好良い。SEEDAに対しては、ある種「時代の寵児」のような印象を抱いている。SCARSやSD JUNKSTAという、事実はどうあれ一見悪そうな印象のあるグループと近しいMCという事から、SEEDAも凄く悪いのではないかという印象を持っていたのだけれど、今年に入ってからのTERIYAKI BOYZ、GUINNESSらとのBEEFや、引退から復帰までの流れを見る限り、SEEDA自身はただ単純にラップが本当に好きであるという事がまざまざと思い知らされた(やや膨らましているけれど)。こういった背景が「ありがとうはカルマを切る言葉」という歌詞に強い味付けをしている。

1曲入りで315円。買って正解。

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□□□「everyday is a symphony」の感想

2009.12.30 | Posted in 音楽

日々の生活音を曲中に埋め込み、アルバムタイトルともなっている「everyday is symphony」をテーマとした作品。□□□(漢字の「口」(くち)やカタカナの「ロ」(ろ)ではなく、四角を3つ書いて「□□□」(くちろろ)とのこと)にいとうせいこうがメンバとして加入後、初のアルバム。

□□□「everyday is a symphony」 2009.12.02 □□□「everyday is a symphony」

□□□というユニットを知るきっかけとなった「いとうせいこうの加入」。日本のヒップホップ黎明期の立役者である人物の加入という事で、ネット上を徘徊していると比較的目にする機会が多かったため手に取ってみた。とは言っても、いとうせいこうをリアルタイムに追っていた訳では無いし、いとうせいこう & TINNIE PUNX「建設的」を持ってはいるものの殆ど聴かずに棚に入れているため、本作品に明確な何かを期待していたわけでは無く、いくらかの興味本位にて。

過去音源を聴いた事が無いため、いとうせいこうによる影響がどのように表れているのかはわからないけれど、非常にカラフルでポップな作品という印象だ。それでもポップに振り切っている訳でもなくて、生活音を随所に挿入することで日常の断片を連想させてくれるものもあれば、ビートが生活音をメインに構築されているような好き勝手やっているものもある。これらの曲が作中に散りばめられており、M-8「温泉」のような好き勝手やっているビートの後には、M-9「moonlight lovers」のような耳当たりの良いトラックが配置されるといったバランスの良さから、非常に心地の良い作品だと感じた。

中でもM-3「Tokyo」が凄く良い。曲の中盤以降の展開が、朝の光りが差して颯爽と足を運ぶ大学生という、やや青春じみた景色が自然と想像させられる。(そして、この大学生は美大生という設定がぴったり。できる。想像できるぞぉ)。青春という観点で言えば、M-14「00:00:00」も良い。こちらは想像させられる明確な場面は無いけれど、非常に爽やかな気分にさせてくれる。そう、今作品に感じるのは爽やかさだ。普段聴いている音楽にはあまり感じなかった感情を抱いているため、その新鮮さに補正されて心地良く感じている事は否めないけれど、少なくとも今作品は以降何度も聴く事になりそうだ。

本作品に収録されている生活音を実生活の中で耳にすれば、この□□□の各曲が自然と頭で流れてくるような、そんな生活を送る事ができれば、辺りで鳴っている音すらも音楽に変える事ができる楽しい生活を送る事ができるのに、なんて思った。まあ無理だがな。



MAY'S「Prologue of Amazing」の感想

2009.12.29 | Posted in 音楽

2ndアルバム「Amazing」に先駆けたダイジェスト版。レンタル限定CD。

MAY'S「Prologue of Amazing」 2009.12.21 MAY'S「Prologue of Amazing」

M-1「NAUGHTY BO-Z Non Stop Mix」は、2ndアルバムに収録予定の5曲が、MAY'SのメンバNAUGHTY BO-Zによって繋げられたMix。曲は、

 「I WISH」
 「I LOVE YOUが言えなくて」
 「ONE LOVE ~100万回のKISSでアイシテル~」
 「恋をしてた ~Say Goodbye~(MAY’S×May J.)」
 「永遠」

の順。5曲が繋がれれているにもかかわらず、まるで一つのまとまった曲のように感じた。それは、繋ぎがスムーズということもあるけれど、それよりもNAUGHTY BO-Zが作り出すトラックは音使いが似ていて非常に幅が狭いせいだ。「永遠」のようなバラードへ繋げられれば、ある程度の浮き沈みはあらわれているけれど、全体からすればこの浮き沈みなどあって無いようなもの。特に、「ONE LOVE ~100万回のKISSでアイシテル~」から「恋をしてた ~Say Goodbye~(MAY’S×May J.)」への繋ぎなんてどこだかわからなかった程だった。これは、M-2「HERO☆HERO feat. WISE」にも言える話。ただ、こちらはWISEのラップが味付けとなっていて、少しばかりその変化を楽しむことができた。

2ndアルバムに収録される曲群がどのような展開をみせるかは、本作品である程度の予想ができてしまうようなMixだったように思う。これらの曲がフルで収録されることを考えると、恋愛に関する歌詞とも相まって食傷必至とは思うけれど、まあ聴くのだろうな。BGMとして流しておく分には、じっくりと耳を傾けるような作品ではなく、煌びやかなNAUGHTY BO-Zのトラックがなかなか向いているのかなとも思う。



「PERFECT BLUE」の感想

2009.12.28 | Posted in 映像

PERFECT BLUE

アイドルグループのチャムに所属する霧越未麻(きりごえ みま)は突如グループ脱退を宣言し、女優への転身を計る。

かつてのアイドルからの脱却を目指すと自分を納得させ(つつも事務所の方針に流されるままに)、ドラマ出演でレイプシーンを演じる。さらにはヘアヌードのオファーが来るなど、アイドル時代からは考えられなかったような仕事をこなしてゆく未麻。

しかし、人気とは裏腹に未麻は現状への不満を募らせ、アイドル時代の自分の幻影さえ見るようになる。レイプシーンやヘアヌードは本当の自分の姿なのか。自分が望んだことなのか。そんな疑問を抱く中、何とかインターネットに接続して見たホームページに自分の行動が本人の記憶以上に詳しく描写されていることに気づく。未麻はストーカーに監視されていたのだった。また、未麻の周辺で関係者が次々と殺される事件が発生する。



「インターネット上の未麻」、「アイドルの頃の自分/女優としての自分」、「劇中劇の配役」の三種の要素がめまぐるしく入れ替わり、作品の後半にはこの中のどれが現実なのかがわからなくなってしまう程の混沌とした演出は、見ているこちら側に恐怖を与えてくれる。そんな中、結末を予想して見ていたのだけれど、その予想を見事に覆してくれた。それがその恐怖に拍車を掛ける。関係者が次々と殺されていく描写はなかなかのもので、特にエレベーターの中で大音量のラジカセが流れてくるところは本当に寒気がした。

但し、この結末の完成度は今ひとつで、最後まで見ても一つの明確な筋道をどうしてもたてることができなくて、結末をこのようにしてしまったが故に、全体としての綻びが出てしまっているようにも思う。逆に見れば、この綻びがこの混沌とした状態を助長していると言えばそうだけれど。

本作品の最後に、監督のインタビューが収録されていて、その中で「ダブルミーニング的な事をやりたかった」と言っている。それが

 ・「インターネット上の未麻」と「アイドルの頃の自分」
 ・「女優としての自分」と「劇中劇の配役」

の二カ所に埋め込まれている。後者については見事な演出なのだけれど、前者については2009年に見るとややチープに感じる。本作品は1998年に公開されたもの。1998年当時、インターネットというものが調べれば何でも出てくるパンドラの箱のような魅力と、踏み入ってはならない領域のような恐怖が入り交じっていて、その状況だからこそ上記二種の要素が交錯する様が効果的だったのだろうけれど、インターネットが普及している現況ではややお寒いところもある。本人になりすましてブログやTwitterが行われていたというニュースもあり、最近では鳩山由紀夫の偽Twitterが話題になったところだ。

但し、そういった事を差し引いても混沌に導いてくれる演出は見事だった。この混沌具合は、見終わった後にも晴れる事は無くて、遠足は家に帰るまでが遠足という事ではないけれど、本映画も見終わった後にも引きずっている状況を鑑みれば、一体どこまでが映画としての終着点なのだろうかと、またここでももやもやする。

エイジアエンジニア「FANTASTIC 4」の感想

2009.12.27 | Posted in 音楽

2005年にエイベックスのrhythmzoneからメジャーデビューしたエイジアエンジニアによる4枚目のアルバム。SONYに所属していると思っていたのだけれどrhythmzoneなのか。デビュー当時、またSONYが青田買いでもしたのかなと思っていたから。

エイジアエンジニア「FANTASTIC 4」 2009.12.09 エイジアエンジニア「FANTASTIC 4」

作品を聴く際、はからずともその作品に対する心構えというのは自然とできてしまって、今作品に対しては、カルテットの作品を聴く際のそれと似ている。実際聴いてみても、それほどの印象の変化は無かった。寧ろ、それ以上に歌って騒いでいて、非常に賑やかな作品だ。

以前、TKC「百姓一揆」の感想を記した際、ラップでグルーヴを生んでいるため長く聴くことができたと記載したことがあった。つまり、トラックが好みでなくても、ラップによって生み出されている抑揚に魅力を感じていたということ。今回のエイジアエンジニアで考えてみると、トラックのメロディが派手なため、どうしてもラップによって生み出されているメロディというかグルーヴが埋もれてしまっているものの、FUNKY MONKEY BABYSのラップとは違いしっかり抑揚はあるし、これはシンプルなトラックの上でラップしても、なかなか格好良いラップになるのではなかろうかと少しだけ思った。歌詞の言葉選びは置いておいて。

今作品、一番の不覚は、M-4「MOMI MOMI Fantastic」における女の歌声にかけられたエコーが、広い宇宙を連想させてくれて凄く心地が良かった。

広い宇宙の中で生まれた奇跡
ただひとつの命は無限の夢を見るでしょう
まどろむ世の儚さの中でも
無駄な事はひとつも無いのだから
Fantasticって言うよね



ん。言うよね?「はるな愛かい」と思ってiPodをぶん投げそうになった。



ここまで書いておいて何だけれど、改めて聴いていると「ラップしている」という事と「歌っている」という事の境目がよくわからなくなってくる。いや別に境目なんて無いだろうし、設ける必要も無いと思うのだけれど、そんな想いに苛まれた事だけは一応記しておこうかと。

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