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KEN THE 390「THE PROJECT」の感想

2009.05.31 | Posted in 音楽

一番最初に聴いたのはいつだったかは忘れてしまった。ただ、この音源が発売された時は、凄く嬉しかったのを覚えている。確かこれまでは太郎 & KEN THE 390名義での音源は発売されていなかった。当時の情報が少しばかり錯綜していて、今ひとつ思い出せないのだけれど、COMPASSのコンピレーションアルバムでの曲と、あとは「カリオストロEP」に客演している曲ぐらいだったような。そう言えば、SSWSの動画なんかも繰り返し何度も見た記憶がある。

KEN THE 390 / THE PROJECT 2004年発売 KEN THE 390「THE PROJECT」

正確に言うと、名義は「太郎 & KEN THE 390」で、タイトルは「THE PROJECT」。2枚組で、

太郎 SIDE : An Emcee On The Wheels (mix cd)
KEN THE 390 SIDE : 冬のこどもの国EP

となっている。今回はその内のKEN THE 390 SIDEに焦点をあてた感想。

KEN THE 390のラップはこの頃からスタイルが確立されていて、現在に至までほぼ軸がぶれていないように思える。ビートへの言葉のはめかたが凄く心地良い。あとは、死語と呼ばれる言葉すら格好良く聴かせてしまうような力がある。

この作品、その他の作品を知っていると尚楽しむ事ができる。M-1「しゃべくり芸」は、この後に発売される「プロローグ」に収録されている「しゃべくり芸」の別バージョン。M-6「冬の終わり」はタカツキの「Ready To Go」と同トラック。特にこのM-6は何度も聴いた。ジャズ調のトラックでいかにも冬を連想させてくれる。ウッドベース上に乗るピアノが反則なくらい格好良い。あとは、カルデラビスタが客演しているM-5「ふたり」なんかもピアノの音が心地良くて好きだ。

今作品、一点不満がある。それは、太郎との絡みが一切無いという点。これは残念だった。まあ、ジャケットにも記載されている通り、翌年2月に発売される太郎 & KEN THE 390「JAAAM!!!」の宣伝を兼ねていたのだと思うから、取り敢えず出しておこう感の方が強かったのかな?まあそれでも十二分に楽しませてもらったから、全く持って問題は無いのだけれど。



2009.05.31 追記

改めて各曲の詳細を見てみると、殆どの曲が既存トラックを流用している点に気が付いた。

01.しゃべくり芸(track by MOONSTARR/Greed)
02.おもちゃのチャチャチャ(track by TAKATSUKI/同じ月を見ている)
03.ららら feat. ダースレイダー, ロイ, KILO(track by FUNK入道)
04.パンピーラップ(track by MOONSTARR/duplex)
05.ふたり feat. カルデラビスタ(track by 恩郎)
06.冬の終わり(track by TAKATSUKI/Ready To Go)
07.流れるときに身をまかせ.....(track by AIM/Just Passing Through)

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志人×DJ DOLBEE「円都家族 EP」の感想

2009.05.30 | Posted in 音楽

実は志人のラップはさほど好きでは無いのだけれど、降神の自主制作盤である1stを聴いたときの衝撃が大きく、その余波が残っているが故に、見かけたら購入しているというのが実情。なのるなもないのラップは凄く好きで、「melhentrips」は名作だとは思っているけれど。

志人×DJ DOLBEE / 円都家族 EP 2009年発売 志人×DJ DOLBEE「円都家族 EP」

~8cm CD よ永遠に~

この企画を元に作成されたジャケットとCD。確かに、もう8cm CDを店頭で見かける事は皆無である。店頭の棚は、12cm CD用であるため、一つだけぽつりと頭を出している今作は、はっきり言って異端。まあ、志人自体も独特なMCであるため、ある意味では相乗効果か。

さて、今作の感想に触れる前に一つ。iMacの中にCDが入りませんでした。

無理矢理ねじ込んで大丈夫なのかな。別に、他のPCやコンポで聴けば良いのだけれど、なんだか腹が立ってやめた。仮に聴く事ができて、気分が乗ったら追記で感想を記そう。

あと、今回の8cm CDに限らず、特殊パッケージの作品は、本当に取り扱いに困る。最初は「特殊パッケージ」という響きに、少しばかりの特別感があって得した気分になるけれど、時間が経つに連れて、扱いが面倒になってきて仕方が無い。今回は扱いだけに留まらず、聴く事すらできないという。はあ、溜め息しか出ない。



2009.05.30 追記

Yahoo!知恵袋を見ると、iMacへ8cm CDを入れると詰まるとの事。危ない危ない。面倒だけれど、Windows PCでリッピング後にiMacへ移すか。こういう時にNAS(Network Attached Storage)環境を構築していて良かったと思う。

櫻井響「DON CHIKI PAN」の感想

2009.05.30 | Posted in 音楽

YouTubeにて本作のTrailerを見た事があり、HMVでたまたま本作を見かけたため購入。鎮座DOPENESSも客演している事だし聴いてみたいなと。ヒューマンビートボクサーの作品というとAFRAの作品を思い出すけれど、自ら購入したのは今作が初めて。

櫻井響 / DON CHIKI PAN 2008年発売 櫻井響「DON CHIKI PAN」

今作にはなかなか考えさせられる部分があった。

ヒューマンビートボックスの動画もたまに見るけれど、それらを見る際の焦点は「如何に本物に近いか」という点と、「身振り手振りのパフォーマンスが面白いか」という点が最も大きい。勿論、ビートの展開という点も念頭に置かない訳では無いけれど、それを言い出せば、楽器で奏でた音でもその展開はあるのだから、ヒューマンビートボックスに特化した視点というと、前述した2点が大きい。

これを大前提として、音源で聴いたヒューマンビートボックスに対してどう感じたか。単純にすごいなあという感想は抱くのだけれど、それ以上の感想とはならない。結局のところ、曲の好き嫌いというのは、「音がどこから発せられたのか」という点で判断しているのではなく、「どのような音が発せられているのか」であるため。例えば、気に入った曲のトラックが、「どのような楽器から発せられているのか」という事は、はっきり言ってしまえばどうだって良いというのが正直なところで、「ああこんな楽器が使用されているのか」という事がわかったとしても、それはあくまでも曲に付随した情報でしかなり得ない。その情報自体が主軸となるケースというのは非常に少ないのではないだろうか。

音源においては、本物に近ければ近い程「だったら本物を聴けばよい」となってしまうし、逆に「やはり人間の口から発せられているんだな」という点に魅力を感じるのであれば、やや本末転倒気味な感が拭えない。

あと、ヒューマンビートボックスは、MCにおけるフリースタイルとベクトルが似ている気がして、やはり生ものというのが自分自身の見解。やはり、その場の即興で、如何に本物に近いパフォーマンスを見せるか。また、MCとの掛け合いによるフリースタイルセッション。それこそが最も見ていても楽しいところとも思う。これらを音源としても、ややお寒い感じが残ってしまう。ただ、MCのフリースタイルの面白いところは、ヒューマンビートボックスでの本物の楽器と言う「絶対的な存在」というものが無く、各MCから発せられる言葉の選択は三者三様であるところ。そういう意味では、フリースタイルが収録されている作品は、毎回が新鮮な気持ちで聴くことができる。

とっちらかった文章になったけれど、ヒューマンビートボックスの作品にはいろいろと考えさせられた。そうだ、鎮座DOPENESSを目的で購入する事は推奨できない。ラップはしていないから。





2009.05.30 追記

今一度考えてみると、今作品に求めていたものの違いなのだと思う。「ヒューマンビートボックスの面白み」ということよりも「曲(メロディ)としての面白み」の比重が高かったために生まれた感想なのだと。勿論、ヒューマンビートボックスとしては素直に面白い作品であるとも思えてきた。M-4やM-5なんかは特に。

ゲータレードのCMにて一考

2009.05.28 | Posted in 音楽

ICE BAHNのブログを見ると、DJ BOLZOIがゲータレードのCMについて触れていた。そう言えば、よく訪問させていただくブログでもゲータレードという単語が出ていたな。なるほど、BOSSのラップが起用されているのか。

※上下反転ではあるけれど。


1ステージ チャンスは1度きり
次のステージ そしてその次また次 さらに次 次 次

どこまでいっても泣いても笑ってもチャンスは1度きり
その1度きりがずっと続くんだ

やめるまで
あきらめるまで
負けるまで

勝ち続けたなら命の果てまで それを承知でたった一人
越えるべき山に挑んでる 崖っぷちの隣人へ我が荒ぶる言葉よ響け

勝ちたいと願う全ての人々へ
そりゃあ今日も外はみぞれ混じりの悪天候だけれども
だからってやまない雨を 向かい風を ちょうどいい言い訳と
変わらぬ明日を待てど暮らせど突破口は絶対に開かねえよ

たった独り切に勝ちたいと願っている人へ
真正面 moments 時間が減ってってることを認め
荒れ果てた原野を急げ 1度きりのチャンスをつなぎとめ
君を待つ独りがけの椅子をつかみ取れ



実はTHA BLUE HERBの楽曲は殆ど聴いた事が無い。「未来は俺らの手の中」くらいか。また、SEEDA「街風」に収録された「MIC STORY feat. ILL BOSSTINO」のPVが格好良かった。そのPVでもイントロではなかなか臭い事を言っていて賛否両論だった。その程度の印象でしかない。THA BLUE HERBも聴いていないのに、よくもまあ日本語ラップが好きと言えたもんだ。とも思うけれど、聴いた事が無いのだから仕方が無い。

SEEDA「MIC STORY feat. ILL BOSSTINO」


「俺を誰だと思ってる。お前が高校生の頃からこの稼業なんだ」

何言ってんだお前 そんなこと言ってっからお前は芽が出ねえんだ
マイク稼業は やる事やってる奴が正義なんだ
昔凄かったとか キャリアとか関係ねえの
なあSEEDA ストーリーを続けようぜ



今回のCM、普段日本語ラップを聴かない人にはどのように映ったのだろうか。普段聴かない人の感想を聞くと、自分の感想とは乖離しており、驚く事が往々にしてある。従って、どのような印象を与えたのかが気になって仕方が無い。日本語ラップが広く浸透し、テレビでも目にする機会が増えればもっと楽しいのに。KEN THE 390がミュージックステーションに出たみたいに。

小林大吾「詩人の刻印」の感想

2009.05.26 | Posted in 音楽

2007年に購入した作品の中で最も衝撃を受けた作品。

小林大吾 / 詩人の刻印 2007年発売 小林大吾「詩人の刻印」

小林大吾はSSWSで優勝した事もあり、名前だけは知っていた。前作「1/8,000,000」が欲しくて、気になってはwenodのHPを覗いていたのだけれど、いつも品切れ状態で購入しないままなんだかんだで2ndである今作が発売され、今度こそはと思い即購入。

これは凄い。カリオストロのDEJIが「詩人とラッパーの違いは何ですか宇治田みのる」というラインを口にしていたけれど、今作を聴いてしまうと、確かにそのような疑問に駆られてしまう。詩人で言えば、SUIKAでtotoのポエトリーを聴いた事があったけれど、それ以上の衝撃だった。

ポエトリーリーディングというものに触れたことが無く、「たんたんと詩を読んでいる」という認識でしかなかったのだけれど、SUIKAを聴いてその印象がガラッと変わった。そして今作でも同様に、詩を読むという中にも実は一定のリズムがあるのだと気付かさせてくれた。

基本的には、ビートを外す事無く、語り口調で淡々と言葉を吐き出す。だが、M-2「手漕ぎボート/helmsman says」のサビで見せるように、ひとたび音に乗り出すと、その小気味良さたるや言葉にならない。声質からしても非常に耳当りが良い。

また、当然の事ながら、歌詞カードを片手にじっくりと聴くと、二倍にも三倍にも面白みが増す。

M-2「手漕ぎボート/helmsman says」より

電気の消えた部屋で鳴る発信音のあと留守電に
神様から吹き込まれた短いメッセージいわく
「もうちょっとましな舵の取りかたはないの?」
あんたが用意した船にはついてなかったよ舵なんか


M-8「蝸牛の憂鬱/miles away」より

右手には冷たいピストルがある 左手には温かい愛がある
驚いてピストルを投げ捨てる 「落としましたよ」と
親切に拾ってくれた人の てのひらには愛がのっている



一部のみ抜粋してしまうと別の意図のように見え、本来の目的とは別の解釈が生まれてしまう可能性があるかも知れないけれど。これらに限らず面白い歌詞がふんだんに盛り込まれている。

そして、M-11「話咲く種をまく男/no kidding」を聴いた時に、鳥肌がたった。曲の後半、ビートに乗り、跳ねるように言葉を吐く小林大吾の格好良さたるや、言葉にならない。

最初にも記したけれど、2007年に購入したCDでは、郡を抜いてお気に入りの一枚。

M-2「手漕ぎボート/helmsman says」


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